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せんりゅう、ごちそうさま

笹田かなえ

2025年6月1日

ノエマ・ノエシス 59号

薄い本

「ノエマ・ノエシス」は、埼玉県在住の高鶴礼子さんが、発行人兼編集人として発行されています。

高鶴礼子さんとはお会いしたことはありませんが、やはり「展望」つながりのご縁があります。

「ノエマ・ノエシス」は4ケ月に一度、年に3回の発行です。今回、紹介させていただくのは5月15日に発行された59号ですので、もう、20年の歴史があります。

高鶴礼子さんに、「ノエマ・ノエシス」の事をお聞きしましたので、以下に掲載させていただきます。



ある日、ふと、立ち寄った古書店で手にした一冊の本を、パラパラっとめくったところに見つけた一句。川柳のセの字も知らなかった私にとって、それは全身を貫かれるかの様な衝撃であり、それが、時実新子先生そして川柳との出遭いであった。新子先生に手紙を書き、手紙による個人指導をしていただけることとなった時の感無量は、今でも忘れられない。 

その後、編集部の東京移転に伴い、私も編集に参加させていただくこととなったのだが、そこで過ごす裡に言い難い違和感に襲われてしまい、私は今生無二の師である新子先生の御許を辞す、という決断をすることと相成ってしまった。そうして立ち上げたのが弊誌『ノエマ・ノエシス』である。誌自体は年三回刊であるが、毎月、「お仲間座」と称する講座を八ヶ所で開講しては得難い関りを重ねさせていただいている。誌名は、「書く」ということの基盤であるところの「意識」というものに対するフッサールの措定からである。意識には対象としての意識と作用としての意識がある、という分析に、嬉しくなって誌名とさせていただいた。師恩そして邂逅への「ありがとう」を抱きしめさせていただいている日々である。


高鶴礼子



「ノエマ・ノエシス」には「光座」という会員の自選発表の場と「雫座」と言う会員以外の方(詩友)も投句出来る雑詠欄があります。「雫座」から、いいなと思った句を書かせていただきました。

(詩友というのは、詩の友と言う意味でノエマ・ノエシス独自の呼称です)



半ぶんこ みかんは甘くなれました  

山田和子


退路なし たったひとりの操縦席  

坂本幸子


無理もない話だ そっと深呼吸  

矢吹香奈


秋なのに終わったはずの夏といる  

荒川滋子


会えばながいながい話しになっていく  

稲元はつ子


小舟に命 出て行くだけの櫂にぎる  

阿部優美


くいしばる ここで叩くと負けになる  

高沖和恵


なかなかに答えは出ない ふきのとう  

金子幸子


吹きだまりほっと一息つく枯葉  

稲毛恭子


この世界 何を弾いて 弾かれる  

遠藤雅子


あの日の三日月 口が堅くて笑うだけ  

長沢靜子


お言葉ですがヘソの捩れは親譲り  

長嶋幸子


企みの起点のここで蛇行する  

三ケ原まり子


腹の内どうぞと見せた石榴の実  

嶋本慶之助


どうせ死ぬ 死ぬまで生きる 飯を食う  

澁谷ひとし


この壁を越えて父母(ちちはは)越えてやる  

本橋昌子


手をつなぐ ぎゅうっと心つながった  

田中信行


注目をしてはくれない発火点  

関根一雄


行ってくるよ 心合わせに 繋がりに  

山上野里子


エスエヌエス殺人だっていたします  

宮崎杉の子


祈りの手 私が確かとあるための  

山本 梢


影が立った私も立った出発だ  

増田まき


無選別された私が売られてる  

高木由美子


生きているそれでいいよと言う いびき  

五十嵐和子


せっかくを配る余熱のあるうちに  

岩渕比呂子


痒いとこ飛び込んできた人たらし  

南 陽子


途中下車せざるを得ない空の青  

岡田深幸


あの時が蘇ります 一周忌  

山田智子


わたしを捨てたらわたしが拾う 抱きしめる  

花邑 雪


河口まだ遠いつもりの舟を漕ぐ  

小林碧水


ぐらぐらとゆれた揚句の答えです  

桜井幸次郎


思い出が煮凝りとなる鍋の底  

駒井照子


消費期限 切れて蔓延る俺ずっと  

川田 圭


すこし襟汚しただけよ生きるのよ  

福岡りえ


呼びかけに答えはなくて母は逝く  

笠原雅子


中心線ずらす私が保たれる  

松原房子


満たされてなお淋しさがすべり込む  

上野悦子


もうすぐだ、私の目指すあの山頂  

小石リコ


なぐり書きのカルテに遊ぶ我が余命  

井上青柿


そばに居ていずれ手放すその日まで  

山口初江


血管を流れる飽食の汚泥  

鈴木厚子


心情を水面に描く あれは鴨  

吉川登紀


玉霰ベランダよりも俺を打て  

金瀬達雄


絵空事 満足なんて何処にある? 

山本久子


答えて下さい 夕焼け小焼け明日の夢 

真田克子


次々と消されていったシャボン玉  

石川一男


励ましの言葉が俺を走らせる  

池上宣勝


知識とは経験である足を出せ  

田中茂二郎


セルフレジあの子の笑くぼ見られない  

沢井 啓


気をつけよう火事とけんかは江戸の華  

山田秀夫


必定や今が生まれる今が死ぬ  

高鶴礼子(光座より)



「雫座」は、高鶴礼子選の作品群です。高鶴礼子さんは選をされた作品の中からおひとりにつき一句ずつ、選評を書かれています。その選評が圧巻なのです。

お一人の一句ずつに対して、細やかにその句の背後にある情景を読み解かれていて、それは見事としか言いようがありません。読む側にしてもその姿勢に背筋が伸びる思いがします。

投句されている作品もまた、それこそ時実新子先生のおっしゃっている「訴求力」のある作品ばかりです。


「ノエマ・ノエシス」は、鰹節や昆布で丁寧に出汁を引いて作られた「澄まし汁」の味がしました。

口にするとホッと心と体のほどけるような滋味深い「澄まし汁」、せんりゅう、ごちそうさまでした。

川柳アンジェリカロゴ
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