せんりゅう、ごちそうさま
笹田かなえ
2025年5月1日
川柳スパイラル 23号

「川柳スパイラル」は、なかなか手ごわいと思っています。ずっと読ませてもらっていますが、どういう経緯で始められたのかを知りたくて、小池さんにお伺いしたところ、俳誌「豈」66号に掲載された文章を送ってくださいました。
以下に、省略、抜粋して掲載させていただきます。
「川柳スパイラル」の現在 小池正博
「川柳スパイラル」は二〇一七年十一月創刊。編集発行人・小池正博。現代川柳誌としては「バックストローク」「川柳カード」の流れをくむ。スパイラルとは渦とか螺旋とかいう意味で、これからの川柳が渦巻き状に、螺旋状に新たな展開をすることを期待して命名された。創刊号の巻頭言は次のように書かれている。
「川柳の世界の内部にいるとそれほど感じないかもしれないが、短詩型文学全体の中での現代川柳の認知度はそれほど高くはない。川柳の発信力が弱いためである。私たちは川柳を作ることに熱心だったが、作品や句集を不特定多数の読者に届けることにそれほど熱心ではなかった。外部に対して閉ざされた世界だったのである」
「これ まで川柳人しか知らなかった川柳の遺産をもっと一般の詩歌に関心のある読者に届ける方法を模索してゆきたい。したがって、本誌は川柳人だけではなくて、広く短詩型文学に関心のある読者を想定している。既成の川柳イメージを裏切り、『川柳っておもしろそう』という未知の読者や作者に出合うために、渦の生成にチャレンジしようではないか」(以下略)
各号ではテーマを決めて、川柳に限らず、俳句や短歌も取り上げてくださっています。
小池さんの、現代川柳の現在地をしっかり見据えた誌面作りに、心地よい刺激をもらい、とても勉強になっています。
「川柳スパイラル」23号の同人作品から一句ずつ書かせていただきました。
真実の一部を述べて跪く
素潜り旬
長すぎる第二芸術すべり台
石川 聡
ふくろとじこの世のなかにいるおまえ
川合大祐
いきろいきしろ岐路ちょっとほほえんでろ
西脇祥貴
(水のない海に佇む・わからない)
まつりぺきん
空を割いて声は正しくやってくる
畑 美樹
ああ義賊こたえは消せるボールペン
兵頭全郎
眠りつくベロアの息が生々しい
林 やは
せせらぎは百合の花粉を落とせない
宮井いずみ
たんこぶの話いまさら持ち出して
浪越靖政
こんな日は幻肢を伐って冬ごもり
小池正博
こぼされるお茶の立場で待っている
湊 圭伍
腎臓の模型 そろそろ眠らねば
小沢 史
山鳩は良妻賢母憑依系
猫田千恵子
赤インクぽとり戦の跡の街
悠とし子
読みついで芒と芒折れそうな
清水かおり
今回の【特集】の[十四字詩作品集]から
十四字詩は私にとってちょっと敷居が高かったです。情報量が少ないので、わかりづらい作品もありました。
申し訳ありませんが、私の理解できる作品だけを書かせていただきました。
豆の鼓動で宇宙が爆ぜる
下城陽介
コンビニ出れば塩の道だけ
成瀬 悠
鉄条網を切った幻
小池正博
新体操の 男子のピアス
松本 藍
産毛を剃っておなかいっぱい
大月陽星
一生を賭けラジオ体操
八木幸彦
あなたがめくるわたし二人目
下野みかも
啖呵を切った菫の色は
野に咲くお花
巴里の詩集と香水瓶と
八上桐子
通電すると雨になります
楡原 級
ACジャ パンライフルの如
津田 暹
特技はないが武士道がある
黒木 九
目礼で去る絹の手袋
石川 聡
楔形文字獄中日記
廿日未明
運命論なら茶箪笥にある
いわさき楊子
蓋は開かない朧夜のこと
重森恒雄
スタバのラテはちょっとモロゾフ
岡谷 樹
ひと雨ごとに春の改行
西田雅子
画鋲たどればお菓子のおうち
小沢 史
びっくりしたら出口がふたつ
兵頭全郎
人工雪がつもる話だ
暮田真名
独楽のほとんど素数と数え
山本絲人
答えは無いがただゆでたまご
西脇祥貴
裏切っ たのは切り株でした
中山奈々
会員作品欄から
ご自由に持ち帰ります言われなくても
ニュートーキョーメイコ
おもちゃとしての矜持はあるよ
野に咲くお花
どうしても夜にのぼっていく音符
下野みかも
ボギーなら九十九里浜外すまじ
中西軒わ
光る新星開くてのひら
宇川草書
塩漬けを望む器官が欠けている
成瀬 悠
咳ひとつするのもうまい和泉流
岡本遊凪
繚乱のその後の姿見ましたか
松本 藍
暴走を一度は止めるラムネ瓶
八木幸彦
あわよくばタルトタタンとの遭遇
天村啓月
終電と始発電車のすきま 風
深海魚
テレビでは十日戎の美少年
うらベシキリ
スイートピー無期懲役の私なの
千春
ブルゾンもトマトの皮のようなもの
楡原 級
悪口で膨らんでくるふくらはぎ
津川 暹
偶然を減らす角度は十三度
下城陽介
素粒子をコレクションするナマケモノ
黒木 九
非フォトジェニック金閣寺に引火
富永顕二
重ければ重いほどよい南蛮寺
廿日未明
パクチーとルッコラだったさようなら
いわさき楊子
ありふれたやり方で曲げる電柱
重森恒雄
空っぽの部屋から虹を千切る音
西田雅子
ヒズボラヒズボラボララと草を引く
山下和代
低すぎるベンチに誰も気づかない
岡崎しおり
冷蔵庫薄目を開けている卵
平賀胤壽
ナンを伸ばした男が溶けた
森 砂季
きみも来たのか戦争の立つ廊下
中山奈々
人間に戻って花の種を蒔く
笠嶋恵美子
小池さんは文章の最後を「石田柊馬の死によって現代川柳のひとつの時代が終わった感があるが、二〇〇〇年代以降の現代川柳の歴史を記録しておくことは本誌の役割のひとつである。同時にこれからの現代川柳を追い続けることも忘れないようにしたい。」と結んでおられました。
皆さんの作品と小池さんの志は、スパイシーなカレーの味わいがありました。
沢山のスパイスを使ってじっくり煮込んだ贔屓のお店の味です。
辛いのに、食べるほどに止められない癖のある辛さのカレー、ごちそうさまでした。