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会員作品を読む

​笹田かなえ

2024年11月

2024年11月1日


意固地めは炭酸バブにほぼほぼ溶かす

四ツ屋いずみ


炭酸バブのぷくぷくと泡立つさまを見ながら、その泡にゆっくり包まれる時、心も体もほぐれて、明日からまた頑張ろうと思うのだ。「意固地め」の自虐に、読者は自分を重ねるのではないか。

「ほぼほぼ溶かす」の「ほぼほぼ」は溶かしきれないものもあるのだろうと想像するが、そこがまた川柳人らしい微笑ましさになっている。


 

ファイヤーウォール越えてゴキブリやってくる

伊藤良彦


わお、ゴキブリだって!炎の壁を抜けてくるとは忌まわしいヤツ。情報弱者の私には太刀打ちできそうにない。でも、掲句では対応できていそう。

叩き潰す?殺虫剤をかける?じゃないってば(笑)。不正アクセス、サイバー攻撃などを「ゴキブリ」と称したことに憤りがある。

情報社会のセキュリティ、まだまだ不安な時代だ。


 

楕円形抱かれたがりの月になる

菊池 京


「二日月 好きになってもいい人か 天根夢草」を思い出す。

あわあわとした二日月のカーブに、おずおずと心を重ねる恋の始まり。月が次第に丸みを帯びていくように、恋も進むにつれて貪欲になっていく。

満月に近づく時、満月から欠けていく時の月のかたちに、あるか無きの不安を覚えたりするのもまた、恋の醍醐味。


 

エコー写真に病院の反社条項

河野潤々


反社条項とは、契約を締結する際、双方が反社会的勢力に関係しないことを保証する条項だそうだ。「白い巨塔」がもやもやとエコー写真に写っているのを想像してしまった。

もし、闇バイトの人が患者だったらどうだろう。財前五郎は、エコー写真を読み取れるのだろうか。「反社条項」と言うのを初めて知り、妄想を深くした。


 

虫籠へ動詞を放つ秋の夕

斉尾くにこ


「動詞」=動くものと捉えると、絶望的な息苦しさを覚える。いくら「放つ」でも「虫籠」の中では限られた時間と空間でしかない。しかし、人間社会も似たようなものかもしれない。

私たちは、一見自由ではあるがさまざまなルールによって生かされている。そう気が付いたのは、人生の秋のこの頃。掲句の比喩に、深く共感した。


 

ひび割れてまだ息のあるアコーディオン

鈴木雀


アコーディオンは、漢字で「手風琴」とも書く。愛おしさが溢れるような表記だ。明るさと懐かしさと人肌のぬくみさえ感じさせられる「アコーディオン」がとてもいい。

「まだ息のある」の副詞の「まだ」がたまらなく切ない。過ぎ去った日々を慈しみながらも、戻らないことを知ってしまったさみしさが、ひしと伝わって来る。


 

三日月ペロリお腹が空いて死にそうだ

須藤しんのすけ


この三日月は、ペコちゃんの口元かオオカミの酷薄な口からの連想か。「三日月ペロリ」のいかにも可愛げのある書き方に続く「お腹が空いて死にそうだ」の訴えは切羽詰まっていて、不気味でもあり、また巧みでもある。

「本当は怖いおとぎ話」にも通じる、この世の裏側に潜んでいる「怖いこと」を覗かせてもらった。


 

ケーキの苺をあげるねずっとあげる

温水ふみ


苺はケーキの主役だ。とっておきの一番のお楽しみなのに、それを「あげるねずっとあげる」と言ってしまう心根にほろっとする。

終助詞の「ね」が、縋るようなひたむきさとそうせずにいられない必死さを物語っている。「苺」の漢字表記が苺の赤さを際立出せ、ひとを思う心のどうしようもない現在地を表出している。


 

野の花を手折る天寿へ続く道

間瀬田紋章


「天寿」は「250歳の長寿祝い」だとか。天寿へ続く途方もない長い道のりに呆然とした。だが、この説は根拠がないらしい。

とまれ、人間はいつか死ぬ。その時はなるべく穏やかに死出の旅立ちをしたいと、誰でも願うものである。地位も名誉もいらない、さばさばと野の花を手向けの花と決めた潔さを見習いたいと思った。


 

ありふれたコーロギの声 土まみれ

旅男


秋の野に豆曳くあとにひきのこる莠(はぐさ)がなかのこほろぎの声  

長塚 節


コーロギと土に既視感があったのでネットで調べたら、上記の長塚節の短歌に出会った。長塚節と言えば小説「土」が有名。ネットはまるでハリー・ポッターの「憂いの篩」のようだと感動。話が逸れた。「ありふれた」に庶民としての暮らしぶりを、そして「土まみれ」には虐げられた者を示唆しているように感じ、厳粛な気持ちになった。


 

暮れていい頃だホテルは白い城

藤田めぐみ


この日の男女二人の時間軸は微妙に歪んでいた。

いつの間にか来ていた「ホテルは白い城」を前にして、男はちょっと眩しげに目を細め、女は「暮れていい頃だ」とほくそ笑んでいる(もちろん、同行者には見せない)。あどけなくもしたたかで、それだけに一途な恋なのだろう。

「暮れていい頃だ」に込められた甘い期待が、馥郁と匂い立つようだ。


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