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会員作品を読む

​笹田かなえ

2024年10月

2024年10月1日


最低のセンス 俺さみしいのかな、なんて 

藤田めぐみ


これはくどき文句なのか。友だちと思っていた異性とお酒を飲んでいる時に「次、どうする?」みたいな感じの。

母性に訴えるような誘い方はズルい。それでも「センス」の後の一字空けと「かな」の後の読点が、きっぱり拒絶できない微妙な心理を表している。

定型では書きたくなかった心情を、散文調に仕立てたのもよく解る。


 

細胞は分裂のたびソをならす  

四ツ屋いずみ


日々細胞分裂を繰り返す体に鳴り響く「ソ」が心地よい。普段は意識していない体の仕組みを考えさせられる。

自然界の一部として存在する人間という生物である自分が、この一句によって愛しく思えてくる。「ソ」のトーンの声はいい印象を与えるらしい。老化という変化にさえ「ソ」をならしているのだから、なんかすごい!


 

福島のフクシマにあるふくしまは   

伊藤良彦


漢字の福島からカタカナのフクシマ、そしてひらがなのふくしまと変化させた「福島」の現況を思う。

あれから日本も世界も災害のみならず、国家間の紛争があちこちで勃発しており、平和や安全、安心に対する概念が少しずつ変わって来ている。

「うつくしま」のキャッチコピーに込められた「ふくしま」は美しく、そして強い。


 

ジャムにして優しかったということに   

菊池京


何と思いやりに満ちた「その後」だろう。

すがたカタチをとろとろに煮溶かし瓶詰にして、冷蔵庫の奥にしまっておき、ときどき美味しく愛でる…。

「優しかったということに」は、優しくなかった事もあったはず。でも、もうみんな終わった事。ジャムが上手い。液体と固体の間のような曖昧さもまた、ひとつの在りようなのだ。


 

きたあかりのえくぼ八百屋は熟字訓   

河野潤々


きたあかりはじゃがいもで、ほの甘くてとても美味しい。北海道で開発され、名前には「北の大地に希望の明かりを」という意味が込められているとのこと。

こんもりした形に「えくぼ」を加え、可愛さを強調したところにきたあかり愛が溢れている。

「八百屋は熟字訓」の「熟字訓」が小難しくも「そう、来たか」の着地で面白かった。


 

液体になって大人げないドット    

斉尾くにこ


まず、水玉模様が崩れて流れ落ちそうになっている状態を想像した。雨だれや涙の化身にも見える。

ドットには「・」や「.」もあるが、やはりドット柄だろう。「ドット(水玉)」の変容する様を「大人げない」としたところに川柳の目線がある。

泣かないはずの「大人」の、泣いてしまった恥ずかしさも感じられるところに惹かれた。


 

水色とピンクではなく青と青    

鈴木雀


「青と青」の対立感が面白い。同じ色でありながら違うと主張しあう「青と青」なのだろう。水色とピンクの組み合わせのどこか微笑ましいイメージとは打って変わって、ピリピリしている空気が漂う。

きっと気づいてしまったんだろうな、「青と青」だったことに。

気づいたことをきっかけにどうするか迷うのも「青」の特権。


 

強引におとぎの国へ連れて行ってよ    

須藤しんのすけ


「私をスキーに連れてって」の映画っぽいけど、違うよなあ。

おとぎの国って、あのTDLのこと?自分からは言いだし難くて、お誘いを待っているシチュエーション?一筋縄ではいかない何かがありそう。例えば、京都の「ぶぶ漬け伝説」みたいな。

何度読んでもこれと言った読みができなかったけれど、色々想像して楽しめた。


 

風下は白衣を鳩に変えるところ   

温水ふみ


「風下」「白衣」「鳩」の言葉選びの確かさに唸った。

言葉と言葉が流れるようにつながって、たおやかな光景が立ち現れる。ことさらにこまごまとしたイメージは必要ない。あるがままを受け入れることによって心が満ちてくる、そんな幸福を改めて実感している。

川柳という短詩文芸の魅力を存分に味わう事のできる一句である。


 

死んでもた知らんでホンマサッ飯っしゃ    

旅男


何処の言葉?とりあえず「死んでしまった。さあ、どうしよう。まずはご飯を食べよう」と言う事なのだと思う。

身内の者が亡くなると遺族は忙しい。だから、しっかり腹拵えをしておかなければならない。お通夜、火葬、お葬式と済み、周りに人が居なくなった時にどっと悲しみが湧いてくる。

茶化した書き方ににんげんがいる。


川柳アンジェリカロゴ
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