会員作品を読む
笹田かなえ
2025年12月
2025年12月1日
百円を入れる百万円の箱
伊藤良彦
この箱は「百万円を貯める貯金箱」なのか、それとも例えば純金などで出来た宝石箱のような、ものすごいお宝的な高価な箱なのか(見たこともないけど)。もし後者であるなら、入れられた百円玉はただの百円じゃないみたいに見えてくるから不思議。掲句を人間社会の事に置き換えて読むこともできるけれど、ここは素直に「百万円の箱」のありようを想像して楽しみたい。「百円」と「百万円」の数詞の対比が逸品。
一抜けた生春巻きの透明度
菊池京
生春巻きの鮮やかな色合いがパッと目の前に広がった。昔は揚げた春巻きばかりだったけれど、最近は見た目も華やかな生春巻きも好まれるようになってきている。ベトナム料理のひとつでエビやきゅうり、にんじんなどの、具材をライスペーパーでくるんである。ライスペーパーの透け具合がお洒落。そうだね、あの独特の透け感はどこか当たらず触らずっぽい。自分を主張過ぎず、でも言いなりにならないようにした立ち位置を、生春巻きにした着眼点に脱帽。「一抜けた」のさらりとした表現も社会人としてふるまいを示しているようだ。
ラジウム温泉から不動明王
河野潤々
ゴジラでなくて「不動明王」なの?ラジウム温泉って、放射能を含む温泉じゃなかった?ゴジラは、古代生物が放射能によって変異した結果として誕生したと言うから、どうしてもゴジラが真っ先に浮かんでしまう。でも、海じゃなくモクモクした温泉の湯気からヌッと不動明王が表れるのも一興。ラジウム温泉は痛風やリュウマチに効くらしいし、秋田県にある玉川温泉は癌の患者さんに人気があるそうだ。もしかしたら、不動明王の刺青のある方がそう言った病気で入っていたかもしれない。
テーブルのがたつきぽつり突拍子
斉尾くにこ
取り合わせがいい。日常生活における「テーブルのがたつき」を「突拍子」と認定して、それを「ぽつり」で繋いでいるのが見事に嵌った。今まで何事もなく過ごしてきた日々に、不意に現れた不都合な出来事にハッとすることがある。昨日まで出来たことが出来なくなった事なんかは、そのいい例。それが加齢のせいだと気が付くときの 寂しさときたら…「ぽつり突拍子」にそんな状況を思い浮かべて、うんうんと頷いてしまった。
人用の家の隙間を縫う仔猫
鈴木雀
「人用の家の隙間」を家の中か、家と家の間かでこの句の読みは違ってくる。わざわざ「人用の家」としてあるから、人間の住んでいる家の中の事と読んだ。この家の中には「猫用の家」があるのだ。「猫ハウス」はホームセンターにもあるし。で、仔猫はきっと猫用の家にはじっとしていなくて、人用の家のカーテンの上や家具の隙間に潜り込んで運動会なんかしているんだろう。仔猫の動 きは本当にすばやいからね。そんな仔猫たちを温かく見守る人間の優しい視線が感じられて、読む側も幸せな気持ちにしてくれる一句だった。世界中のネコ達が幸せでありますように。
マッチングアプリホルモン三種盛り
須藤しんのすけ
「マッチングアプリ」を良く知らないのでうまくイメージできないのだが「ホルモン三種盛り」に、いかにも下心満々のオジサンが浮かんだ。下ネタギリギリを書いているがそんなに下品ではない。どちらかと言えばユーモア句に入る。マッチングアプリを使って、出会う前から「ホルモン三種盛り」で精をつけておこうと言う意気込みだけが感じられるのだ。「マッチングアプリホルモン」の畳みこむようなカタカナ表記に、前のめり感があって面白かった。
シップは貼ったキッテも貼った冬隣
旅男
そうそう、北国の秋の終わりはそんな感じ。秋仕舞いで畑や家の周りを綺麗にして、体中のあちこちにやれやれとシップを貼る姿が目に浮かぶ。いや、もしかしたら、雪かきに備えてのシップかな(笑)「キッテ」は、年賀欠礼のハガキを想像した。単に「シップ」と「キッテ」の語呂合わせかもしれないが「 冬隣」と言うしんみりとした秋の季語に、語呂合わせだけでない言葉の存在感があった。ネットで「冬隣」の俳句を探したら「あかあかと麹のいのち冬隣 長谷川櫂」というのがあった。何かの終わりは何かの始まり。いざ、冬へ!
静脈に脱水中の点滅
西山奈津実
身体の器官をこのように提示されると、何だか怖いし痛い。「脱水中」は「脱水症」のことだろうか。いや、そんな具体的な症状ではない。「わたくし」を形作る大切な体内の養分が、キリキリ舞いの状態で枯渇しそうになっていて、悲鳴を上げているのだと解釈 した。皮膚の下にうっすら透けて浮き上がる静脈は青黒くて、病気でなくても病的なイメージもある。「脱水中の点滅」も危険信号のように見える。で、こういう時の処方箋としては、ビールが一番手っ取り早いでしょう(;^_^A
ざらついたカステラと地続きの海
温水ふみ
まず、カステラと海が地続きであるという発想に驚いた。「ざらついたカステラ」はカステラのザラメのかかっている部分だと思う。そこが、カステラの一番美味しいところだと言う人もいるくらい特別なところだ。一読、ザラメの甘くてざらついた舌 触りが蘇り、青々と広い海が浮かんだ。まったく異質なものの組み合わせだが、違和感はない。どちらも同じ地平にあるものとして優劣無く存在しているのだ。舌に残る甘いざらつきと海を並列にしたところに、感傷的な思いがあるようにも感じたのだった。
聞き返す金平糖を期待して
飛和
「ききかえすこんぺいとうをきたいして」。掲句をひらがな書きにすると、か行の言葉が多い。か行の言葉は、どこか硬質で強い響きがある。だから「聞き返す」や「期待して」は、意思表示として読み手にきちんと伝わってくる。「 期待」するのが「チョコレート」や「ケーキ」というような身近な甘いものではなく、「金平糖」というちょっと曰くのあるお菓子であることが、掲句に深みを与えている。ちなみに金平糖のお菓子言葉は「永遠の愛」。金平糖、ちゃんともらえたかな。
忘れられた舟が女の起源です
藤田めぐみ
掲句の「女」は「女の子」でも「女児」でもない、成熟した「女性」と呼ばれる年代を指すのだろう。「忘れられた舟」は、岸に繋がれ波の音がひたひたとその舟底を濡らしながら揺れるイメージで、言いようのない寂しさがある。ただ ひたすら船主を待ち続けて、舟はやがて朽ち果てる。朽ち果てるまで舟は、海や川の記憶や頼もしかった船主との思い出に浸るだろう。「女」である自身への慈しみが滲むような一句だった。「忘れられた舟」にはもっと違う意味があるかもしれないが、勉強不足で申し訳なく思いながら勝手に読ませてもらった。
悪い子に罰があたったような雨
峯島妙
この雨はざんざ降りなんだろうけど、どんな悪いことしての罰なんだろう。「子」だからね。子供は意外と残酷で、考えもつかない言葉や行動で人を傷つけることがある。そんな 場面に出くわした時は、おせっかいであっても、きちんと注意したいものだ。それでも、そんな大人が傍にいない時は、このようにざんざ降りの雨が降ってくれるのだ。で、悪い子の気分になった大人である自分は、たかだか雨で許しを請おうとしているのは、ちょっと虫が良すぎない?



