せんりゅう、ごちそうさま
笹田かなえ
2026年6月1日
トイ1/3/4/11/12/13/14/15/16/17号

「トイ」は2020年4月に創刊されました。
青木空知さん、池田澄子さん、樋󠄀口由紀子さん、干場達矢さんの4名が創立同人です。
創刊号のあとがきに「『トイ』は『おもちゃ箱」のようにカラフルな同人誌でありたい』との願いをこめています』と書かれています。
また、「『トイ』は『問い』でもあります。わずか17音の俳句や川柳は片言としかいえないような表現です。そんな奇妙な言葉が、自分の中から出てきたことが不思議に感じられる時があります。これを書いた私とは何者のか。そういう謎めいた自問を、この詩型は呼び起こします」ともありました。
俳句と川柳の人が一緒になって俳句と川柳の作品を各12句ずつ、そして俳句と川柳に関する短い文章の「一句逍遥」が4編載っています。
途中、何号からかは分かりませんが、俳句の仁平勝さんも参加なさって、5名の同人となっています。
とてもシンプルな句誌ですが、それぞれ確たる立ち位置から書かれた作品と「一句逍遥」は、俳句のことを知らない私にとっても読みごたえがありました。
昨年「トイ」の存在を知り、3冊ほど読むことができました。
今年の2月、由紀子さんがお亡くなりになり、由紀子さんの関わった「トイ」をもっと読みたいと思い、発行されている方に連絡をして、全部ではありませんが、バックナンバーを取り寄せることができました。
以下に、各号の作品をお一人2句ずつ取り上げさせていただきました。
1号
風に乗る声こそよけれ魂迎へ
ふんだんに此岸のすすきをみなへし
青木空知
秋海棠の節々の紅が呼ぶのよ
蛇寒い筈日々老いて眠い筈
池田澄子
いっぱいのフリルにいっぱいのスリル
またしても鼻の頭が微妙です
樋口由紀子
父の 家の箒の横の花八手
鳥交るころ禁猟区で逢ひませう
干場達矢
2号
逢いたいという恥ずかしき言葉青葉
生生流転種無し葡萄時に種
池田澄子
その日からアリスの横に野茂英雄
大阪でアリスの父は海苔焙る
樋󠄀口由紀子
赤煉瓦の禁酒会館秋灯し
夕花野風の毀れてゐたるなり
干場達矢
林檎噛む音が右耳左耳
立冬やブルーブラック充填す
青木空知
4号
古熊手おかめが笑ひながら燃え
入口へ螺旋階段春の闇
青木空知
月明り東成区の東まで
鳥取と島根の間特に好き
樋󠄀口由紀子
鳥の世の中に人の世よなぐもり
六道に草青むなら靴はこれ
池田澄子
やのあさってはしぐるる国へ旅せむと
ふらここやこよなく愛すといふことを
干場達矢
11号
実いっぱいつけた零余子の裏に兄
胡麻油なんとかなると思います。
樋󠄀口由紀子
草の実やきつとずいぶん遠くまで
天高し金剛力士臍深し
青木空知
秋うらら裸婦に売約済みの札
十五分休憩の間の愁思かな
仁平勝
引力はやさし果物籠に桃
身に入むや天目茶碗に時の膜
干場達矢
雄蕊とりのぞきし白百合を抱く
秋深く最後はさようならと書く
池田澄子
12号
ぐぐぐぐんとスクリュー入りゆく年酒
枯芝や脚立の足に板噛ませ
青木空知
侘助の切羽詰まったひらきよう
チョコレート硬く嬉しく寒く春
池田澄子
初日の出天動説に一理あり
手袋のままじやんけんをして負ける
仁平勝
ハヤシライスアイスホッケーハハキトク
象が来るライオンが来る大胸筋
樋󠄀口由紀子
東風吹いて糊の薄れし切手など
掌に牡丹のしとやかなる重さ
干場達矢
13号
卯の花あゝお久しぶりというふうに
蛍袋おとなは中を覗かない
池田澄子
耳たぶは大きくとてもアイスクリーム
だんだんと正方形の顔になる
樋󠄀口由紀子
いつもこの病院しづか枇杷熟るる
背番号10の母親らし日傘
青木空知
通り名はさぶ好物のところてん
日の丸の白いところが涼しさう
仁平勝
坂下りて上がつて約束の紫陽花
星涼し此処も星かと思ふとき
干場達矢
14号
鉄橋を渡り背高泡立草
冬木立陸軍気象部この辺り
青木空知
そののちの私雨や冬は音
梅の香のにほふとおもふときにほふ
干場達矢
傘立てのもう濡れてゐる神の留守
その昔蜜柑の皮を灰皿に
仁平勝
秋の空センターフライ捕りました
キジバトは一羽になって追いかける
樋󠄀口由紀子
秋冷のいのち形を欲しがりぬ
風邪気味の涙目に雲ひとつなし
池田澄子
15号
夕方に目覚ましが鳴る万愚節
朧夜のおぼろげなるをいいことに
仁平勝
恋猫と元恋猫のゐる舗道
ラウンジピアノ夕立が窓の外
干場達矢
花の下声を出さぬと花になる
短夜の妙な夢見やまた見たし
池田澄子
夙川は最上川よりややぬるい
一生をかけて小豆を煮ています
樋󠄀口由紀子
春雪やこの木を伐るといふ印
ローファーのまだまだ硬し花ふぶき
青木空知
16号
君と逢うために生まれて瀧の前
言論の自由葉を食む虫の自由
池田澄子
立場上いつも最初に墓洗う
悪かったあやまる西瓜でも切るか
仁平勝
東京が好きだよ氷嚙み砕く
銀杏散るからさ机を叩くなよ
干場達矢
白服の人の寸志といふを受く
浮く羽虫もがく羽虫も水澄めり
青木空知
風船を追いかけている案の定
金語楼みたいなポーズする 秋
樋󠄀口由紀子
17号
冬の星見てから先に帰るわね
ツータッタ・ツータッターと入れ替わる
樋󠄀口由紀子
遠吠の犬の頤冬の星
樋󠄀口由紀子さん逝く
大好きな高いところへ春の雪
青木空知
泪・涕・涙と書いて春炬燵
春寒く樋を溢るる由なき雨
池田澄子
樋󠄀口由紀子逝く白梅が咲いたのに
樋󠄀口由紀子に〈ちょうど来たバスに乗ったと言い張ろう〉の句があれば
来たバスに乗り間違へて寒戻る 仁平勝
遅き日の社史に押されし金の文字
樋󠄀口由紀子逝く
またねつてさびしいことばさくらさくら
干場達矢
最新号である17号は由紀子さんの追悼号にもなっています。
真っ白な表紙の17号を手にしたとき、「トイ」のみなさんの悲しみがいっそう深く伝わってきました。
17号を読みながら、由紀子さんを失ったという現実がますます心をゆさぶりました。
「トイ」は読むほどに、大人のおだやかなしみじみとした時間の流れを感じることができました。
それは、コリッと噛み応えがあって、乾いていながらも油っけも甘みも苦みもある、ミックスナッツの味わいにも似た豊穣の時間でした。アーモンド、ピスタチオ、カシューナッツ、クルミ、マカデミアナッツ等々、舌も体も心も喜ぶ味わい深いものでした。
俳句、せんりゅう、ごちそうさまでした。

