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せんりゅう、ごちそうさま

笹田かなえ

2026年5月1日

川柳新京都 No.98

薄い本

川柳新京都 No.98 1994年11月


去年の12月に起きた青森県東方沖地震の際、八戸の我が家の崩れた本棚から発掘した川柳誌のご紹介、第2弾です。


京都には、かつて「川柳平安社」という結社があったそうです。しかし、昭和52年に内部事情により解散となりました。その際に別れて「京かがみ」と「都大路」をそれぞれ発刊された方々とは別に、旧「平安」の編集スタッフを中心にして「川柳新京都社」が昭和53年9月に北川絢一朗氏を代表として創立されました。


「川柳新京都」は隔月刊として発行されました。

以下に、同人作品と一般作品からそれぞれ選ばせて書かせていただきます。



黎明集(同人作品)より


今日もいちにち私にとっていらない日  

沢村智章


眼のなかへ針一本を残しておく 

前田一石


改行をしてからカンナの朱に触れる  

奥野誠二


渚は秋で揺れ動く影ばかり  

杉原正吉


手遅れという手を庇いおおせるか  

前田夕起子


男ありて掃除洗濯棚も吊る  

内山雅子


拐いゆく波もありなん水泡祭  

長町一吠


断絶どこですれちがったのだろう幌馬車と  

徳永 操  


萩寺の萩を乱した軽い指  

大槻和枝


矢印の通りに人を葬れり  

長藤泰敏


竜胆を仏と少し分かち合う  

上島みゑ子


啄木の泪もありぬ夜景の灯  

福光二郎


トータルはゼロ自己満足に浸る  

井上裕二


約束の日ではないけど待ってみる  

水野芳子


ゆくすえを決めかねている対の箸  

山本昭子


一つ皿鮮度の落ちたもの同志  

荻野美智子


写経する汗だらだらと他意はなし  

足立玲子


水溜り三ッ目あたりで絵が画ける  

芦田幸恵


萩散ってのちの歌集の藍深む  

羽田国子


吊り橋を渡ってからもゆれている  

片野智恵子


紙コップ片手にこわい話を聞かされる  

服部文子


小数点つけて自分を見失う  

北原照子


無視を装うて確かな手ごたえを貰う  

森本夷一郎


のめりこむものを探して風の午後  

松山温子


笑い話が過ぎると拡がる冬景色  

松下放天


水なしで薬が飲めることぐらい  

橋本征一路


灯を消して枕の中の捜しもの  

桑原伸吉


幻はまぼろしのまま沖へ漕ぐ  

村井見也子


いま旗をおろせばきっと雨になる  

岡崎徹平


墨をする指が呼んでいる昔  

堀 豊次


かくていま幾重の彩を柿もみじ  

北川絢一朗



聚楽苑(一般作品) 北川絢一朗選


心臓の真上に乳房だから女  

永田暁風


コロッケ二個下さいこの人も独り  

外山あきら


虫を曳くむしを見ている葬前夜  

梅崎流青


耳鳴りに耐えているのは落し蓋  

古笹原芳子


一塩のキュウリのごとく白状す  

山本 乱


目薬をぽとんと落とす残響音  

伊藤 律


短すぎた昨日が足元を濡らす  

後藤正子


次第に席が空くのも秋のせいだろう  

奥野誠二


炎えるかも知れぬ鏡の蓋をする  

石部 明


サルビアの炎をふところにひのえみずのえ  

桑野晶子


風の秋たたみいわしの隙間から  

児玉恰子


僭越ながら男まるごと掌の中に  

瀬川瑞紀


置くものがないので笑顔だけを置く  

笹原都弥胡


古書店の奥の闇から匂うもの  

樋口 仁


柘榴弾ぜてる死んだ男は忘れるだけ  

墨 作二郎


指先のさむさ小骨を抜きながら  

村井見也子


筋を通して一気に開く曼殊沙華  

前田芙巳代


長寿を祝う着古した背広たち  

柴田午朗


ほめるのが下手で少うし汗をかく  

松永千秋


散骨の約束がある川が光る  

辻 スミ


明治が流れて逝く運河の艀  

斎藤はる香


飛べない鳥が飛ばない鳥について行く 

西郷かの女


秋草の兵士ぞろりと背が高い  

佐藤みさ子


問答の果てに散らばる魚の骨  

須田尚美


助手席に乗った女のせいにする  

森本夷一郎


籐の敷物を片付けておく物語  

樋口由紀子


味方にもいろいろあって流れ弾  

松下放天


非常口で生きる話がまだ続く  

芳賀弥市


蒼月の十二ケ月の一夜盗る  

大西泰世


飛び出して来た象をもらって帰る  

平賀胤寿


私だけの人にしたくて花を買う 

助川助六


無駄でない証拠に当りくじが出る  

遠山夏生


冷蔵庫を開ける力を残すのみ 

橋本征一路


炎にもなれず立ち枯れのカンナ  

河瀬芳子


失った日が書いてある裏表紙  

山根素蛙


思い余って水甕の水くみかえる  

小林瑠璃


矢印と流れて先を見失う  

加藤正治


愛想笑いも小出しに秋の陣を組む  

神谷三八朗


鳥だまるくつんと庭が時とめる  

加世田起南子


墓石をつつむ蟻より濃い影で  

矢本大雪


発病したのは古いピアノがある宿屋  

井出 節


ふたちぶさむだないきざまだったよね  

徳永 操


不器用な指が育てる貝割れ菜  

小川斐山


一点を見つめて梨のしずく這う  

片野智恵子


食べすぎている耳当たりいいサラダ  

堀 かず美


神楽囃子の湖底はすでに秋深し  

森田栄一


晩秋や昏れ残るのは姉の耳  

福光二郎


情の深さに負けてはならぬ雨霰  

佐藤川太郎


橋は残照硝子の鶴の昂ぶる音  

本田洋子


手を振ってしまう遠景の葬列  

進藤一車


跳ね橋が上がるとみんなぼくを忘れる  

田中 薫


等身大の墓にわたしが試される  

福村今日志


走馬灯を見ている点滴打っている  

末次笑雪


恐山草の根紅い絆ひく  

小林ひろ子


音のせぬ足音だった姉の文  

田中輝子


坪単価どうあれここで死ぬつもり  

佐々木義雄


夢醒めてわたしの傘はなま乾き  

服部文子


再来を誓う九月の風の中  

西川けんじ


簡単に答えを出すな五色豆  

永平三郎


無事を祈って一本杉は夕暮れる  

沢田清敏


振り分けてみれば灰色が多い 

筒井智伊子


美術館の茶房の窓に湖がある  

羽田国子


瞳の中に秋色がある草を刈る  

山口流木


水底を見ていることに疲れてる  

松原典子


補助席でふたつ返事を繰り返す  

菱川麻子


恨みはないけどなんきん真っ二つ  

橋屋文子


ひとり言言ってガス栓閉めて寝る  

松原葦男


言葉が足らぬ言葉が余る海は秋  

杉原正吉


山低く母の指紋のそこかしこ  

大槻和枝


障子張り終えて小さな荷をおろす  

広瀬都也子


いつもの橋を渡って行ったお葬式  

奥 美瓜露


曇天の真下うねってゆく暗示  

神平狂虎


返し針で長女にしつけ糸かける  

石田寿子


もう少し生きたく予報ききなおす  

大西浩嗣


一番先に落ちた正直なりんご  

柿本英一


枯葉踏むそのぬくもりが果てるまで  

村田昭子


斬られ役万年筆はモンブラン  

大木晤郎


白足袋に絡む紐あり喪服脱ぐ 

関山野兎


葡萄ふくみ遠い昔の乳房だな  

南斗七星


盛り場に一人ひとりでいる二人  

二宮茂男


ひまわりの首うなだれた時おんな  

天野さと


にんげんをボソボソ食べる腕時計  

鎌田知子


顎引いて独りの塩買う市場篭  

児子松恵


悟りとは何とさみしい喉仏  

宮武まつ女


生と死を見つめるメスを信じきる  

中原よし子


約束の出来ぬ約束してしまう  

井上裕二


掛算の答くずれたオムライス  

北原照子


思い出し笑いが老いを許さない  

飯田 昭


忘れてはいぬかと逝った亡妻が言う  

斎藤正人


立て札の影も地面で折れ曲がる  

仲林一夜


きっと届く秋には届く投げた石  

嶋田ますゑ


乗り換えて温泉行きは姦しい  

田尾こずみ


刺青ちらり老労務者の瞳がうつろ  

木村良三


枝先がいよいよ尖って秋深む  

青木 優



「黎明集」の批評を梅崎流青さんと樋口仁さんが、「聚楽苑」鑑賞は桑野晶子さんと桑原伸吉さんが、それぞれ鋭い筆致で書かれていて、とても読み応えがありました。


「明治・大正期川柳雑誌回顧録(本田渓花坊)」のコーナーは知らなかった時代の川柳界の情報が満載。


ほかにも課題詠の「昔」を岡崎撤平さんと堀豊次さんが担当なさっていました。

それぞれの佳句から一句ずつ。



「昔」


人はみな昔をもっていて涼し  

前田芙巳代


柿色付いて昔話がしたくなる  

松田悦子



エッセイのコーナーには荒井慶子さん、前田夕起子さん、沢村智章さんが書かれています。

平成6年9月23日に行われた初代川柳忌の「川柳を考える日の会」(於・姫路文学館 望景亭)の参加者にもまた、よく知るお名前をたくさんお見受けしました。少しご紹介します。



「当日雑感」墨 作二郎 選


蒼天を一気に射んとして櫓  

泰世


選者詠 

お菊井戸に金網無頼の詩が透ける  

作二郎



「当日雑感」大西泰世 選


しゃれこうべ蹴りこむ秋のまんなかへ  

千里


選者詠 

心の隅の水がたゆたうたしかな秋  

泰世



「化粧」神平狂虎 選


気づかないうちに枯野に着く化粧  

三昌


選者詠 

花野に風私信の上にする化粧  

狂虎



「屋敷」村井見也子 選


二階の窓に秋のお城がある屋敷  

作二郎


選者詠 

西鶴も世阿弥も棲んでいる屋敷

見也子



このページにはその日の集合写真も載っていて、あの頃のお顔も拝見できました。毎月、定例の句会も開催されていたようで、それぞれに刺激的な作品に触れることができました。


編集スタッフによるあとがきでは、その時代の出来事も書かれてあって、興味深かったです。

久しぶりに、たくさんの川柳作品を読みました。

お名前だけ存じ上げていても、それぞれの川柳をよく知らなかったので、今回改めて読んでみてその多彩さに驚いています。


私が川柳を始めたころ、青森の川柳人髙田寄生木さんから、「『川柳新京都』はすごいところだ」というお話を聞く機会があって、憧れがありました。でも、どういういきさつでこの柳誌を入手したかは不明です。

ただ、表紙にうっすら「呈上」の鉛筆書きがあるので、もしかしたら直接北川さんからいただいたのかもしれません。


あの頃の私は、あちこちの誌上大会に投句していました。そんなこんなのきっかけで「新京都」とのつながりができたのでしょう。そしてこの後少しして、私も「聚楽苑(一般作品)」に投句して北川絢一朗選を受けることになったのでした。


「川柳新京都」は代表の北川絢一朗氏が1999年にお亡くなりになったことにより、終刊となりました。そのあとに、村井見也子さんを中心に「川柳 凛」を、坂根寛哉さんを中心に「川柳黎明舎」が設立されたように記憶しています。


上質のお香は、五味という「甘・酸・辛・苦・鹹」の味覚を嗅覚として感じることができるそうです。

「川柳新京都」はまさにその五味を感じることのできる川柳誌でした。

せんりゅう、ごちそうさまでした。

川柳アンジェリカロゴ
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