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会員作品を読む

​笹田かなえ

2025年2月

2025年2月1日


大波に乗れない鳩はもういない

河野潤々


「大波に乗れない/鳩はもういない」か「大波に乗れない鳩は/もういない」かで、意味は大いに違ってくる。ただ、どちらにしても茫漠とした不安感がある。読む側とすれば、前者の取り残された感じのする方に余韻があり、感情移入しやすい。後者の方は一律主義的なシビアな状況をイメージする。トランプ政権2.0が発足した。大波に乗れても乗れなくてもいい、また鳩も自由に羽ばたくのを切望しているのだが。


 

早起きのそばに十円玉の月

斉尾くにこ


よく、「早起きは三文の得(徳)」と言われるけれど、それとはちょっと違う風情がある。枕草子の「春は曙」「冬はつとめて」といった季節の早朝の雅趣も漂っている。新鮮な空気の中、早起きをして見る景色は身も心も健やかにしてくれる。「十円玉の月」のいかにも控え目で、そこに多幸感が滲んでいる。


 

鈴懸の木に吊るされるわたしたち

鈴木 雀


ビリー・ホリデーの「奇妙な果実」の物憂い歌声が流れてきそうだ。「吊るされる」が、どうしても「奇妙な果実」に重なってしまう。さはさりながら、鈴懸の木の鈴懸の実はころんとしていて可愛い。決して奇妙な果実ではない。鈴懸の実の二つが寄り添うようにして風に吹かれて、微笑み合っている絵も想像できる。「わたしたち」には、幸せであって欲しい。


 

透明な指紋が残るヘッドホン 

須藤しんのすけ


目には見えない「音」をかたちあるものとして、これほど認識させられた川柳を初めて見た。「透明な指紋」という言葉が秀逸。ヘッドホンを外す時の指のしぐさまで見えるようだ。「聴いた」証としての「透明な指紋」。心地よい感動が凝縮されている。ヘッドホンをして好きな音楽を独り占めする至福の時が見える。


 

今年も脱皮一月の超撥水

旅男


「一月の超撥水」が難しい。何かの見立てだとは思うが解らない。今年の干支は「乙巳(きのとみ)」で60年に一度しか巡ってこない特別な年だそうだ。変化と新たな挑戦のエネルギーが高まる年でもあるらしい。掲句、「今年も」だからきっと毎年脱皮して成長している様子だ。北国の寒さの絶好調の一月に脱皮して、身に着けるとしたら、超撥水のダウンコートしかないなあと、まるで落語の三題噺のような鑑賞になってしまった(笑)

 

伸びて縮んで身に添うようになる棺

西山奈津実


「ひつぎ」には「棺」と「柩」の二つの漢字が一般的に知られている。「棺」はご遺体が納棺されていない、空の状態で「柩」はご遺体が納棺された状態を言うのだそうだ。掲句を読んだ時、「蟹は甲羅に似せて穴を掘る」ということわざが浮かんだ。ヒトもまた自然の一部だ。生きとし生けるもの、いかにその生をいかに全うできるかを改めて考えさせられた。


 

祈りなおす さみしい場所にもどるため

温水ふみ


いったいどんな経緯で「祈りなおす」ことになったのか。そして何を祈ったのか。「さみしい場所」もよくわからない。ただ「さびしい」ではなく、「さみしい」のひらがな表記に、現在地をうかがい知ることができそうだ。山奥の独り住まいよりも都会の雑踏の中でさみしさを感じる人もいる。「人」という漢字は横向きに立っている人をかたどった象形文字と言う。それも立ち上がりかけているところらしい。「私ってなんだろ水が洩れている 加藤久子」。「私って」と自身へ問いかけることは「人」を「人」たらしめることではないか。そしてそこには言い知れぬさみしさがある。人はきっと、掲句のように何度も祈りなおしながら生きていくのだろう。


 

フォンダンショコラだって証明してあげる

飛和


チョコレート好きにはたまらないフォンダンショコラ。読むだけで、チョコレートの甘い匂いがしてくる。「フォンダンショコラ」の語感もいい。軽やかになめらかにかすかにビターで、ケーキを割った時に溶け出すチョコレートは高貴でさえある。「証明してあげる」のマウント感が頼もしくも可愛げがある。うんうん、たっぷり時間をかけて証明することだ。もうすぐ、バレンタインといううってつけのイベントもあるし。


 

だまし舟ほどいて忘れちゃいました

藤田めぐみ


「だまし舟」とは、昨今珍しい物を見せてもらった。どちらが騙して騙されたのかって、聞くのも野暮というもの。楽しかったと思うよ。「だまし舟」ゲーム。最初からゲームと割り切っているから、じゃれ合ったりはしゃいだりと楽しい時間ばかりだったんだろうな。でも、そんな時間もやがてゲームセット。「忘れちゃいました」とうそぶく唇に、時々甘酸っぱさが甦ったりするのよね。


 

木枯らしへ正対 首の手術痕

間瀬田紋章


「正対」が解らなかったので調べたら「対象となるものと正面同士で向かい合うこと」とあった。そこから導き出されるこの句の意味するところは、「寒くなったら傷痕が痛む」という事になるのだが「首の手術痕」が深刻だ。首の手術は命に関わることだったのかもしれない。今は完治していてもいつまた深刻な事態になるかもしれない。それでも「木枯らし」という試練に立ち向かう姿勢を示唆していて、読む側の気持ちを奮い立たせてくれる。


 

愚痴もため息もシャンパンのしゅわしゅわ

峯島 妙


「シャンパンのしゅわしゅわ」がファンタスティックで楽し気で、いかにもシャンパンらしい。美味しい物を食べたり飲んだりする時は、嫌なことはひとまず置いておくか忘れるに限る。グラスに注がれたシャンパンの黄金色の小さな気泡は、大人の夜の社交場にさんざめく笑い声のようだ。「君の瞳に乾杯」なんて言われたりして(笑)。


 

マジパンは主演男優賞ですよ

伊藤良彦


クリスマスケーキのサンタさんはまさにそう。あれがないとただの苺のホールケーキにしか見えない。主演男優賞と言えば、役所広司さんとか西田敏行さんが思い浮かぶ。どちらかと言えばあまりイケメンでない方(失礼)が多い気がする。でもその演技力やどっしりと存在感は、その場を特別なものにしてくれる。マジパンの乗っかっているケーキはそんな特別感がある。マジパン、確かに主演男優賞だ。そのことに気づかせてくれた作者の確かな川柳眼に感服した。


 

輪郭をぼかして中指の寒さ

菊池 京


この句を読むまで、中指の存在をあまり意識したことはなかった。薬指、小指は川柳で見ることはあるが、中指は見たことがない。中指に焦点を当てながら、中指の行為を丁寧に描いているところがすごい。「輪郭をぼかして」は、デッサン画を描く時の様子だろう。濃い鉛筆で書かれたデッサン画のところどころを、ぼかして陰影をつけている指は中指であることが多い気がする。「輪郭をぼかして」には曖昧にするという意味を感じる。真ん中にある立場の居心地の悪さのようなものもありそうだ。だが、そんな現実的なことよりも、中指の描く詩的情景を大切にしたいと思った。


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