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会員作品を読む

笹田かなえ

2026年11月

2026年11月1日


暮れ渋るデパ地下のデリ売れ残り

菊池京


気になったのは「暮れ渋る」の言葉。「暮れ残る」や「暮れ行く」「暮れ泥む」など、「暮れ」の付く言葉はあるけれど「暮れ渋る」は聞いたことがない。造語かもしれない。でも、ニュアンスはとてもよくわかる。暮れそうで暮れない夕暮れ時の、疲れた心と身体をひきずって歩いている様が浮かぶ。夕食の買い物に寄ったデパートの地下食品売り場では、値引きの総菜が結構残っている。「売れ残り」の言い方にどこか投げやりな響きが感じられるのは、「暮れ渋る」の「渋る」がオーバーラップするからだろう。現代人は、疲れすぎている。



追憶と同成分の十六夜と

斉尾くにこ


「十六夜」には、ためらうように出る月という意味がある。満月(十五夜)の翌日あたりに出る月で、少し遅れて出るところがためらうように見えるので「十六夜」と呼ばれる。そんなためらうような風情を「追憶」と「同成分」だという掲句に、深い感銘を受けた。華々しい満月が少し欠けて、それでも丸みを帯びている十六夜。「追憶」という、まだ十分に甘さが残っている思い出の数々が蘇る。十六夜はそんなひと時が許されるのだ。「同成分」の言葉が、しっとりした雰囲気を醸し出していてそれもよかった。



千年にひとりの詐欺師から盗む

須藤しんのすけ


その詐欺師はどこに住んでいてどんな人なのか、とても興味を持った。「千年にひとり」と言う存在が想像もつかない。その上、その人から「盗む」というのだからスケールが大きい。掲句の詐欺師は架空の存在かもしれないが、設定の面白さが川柳。歴史上で有名な詐欺師をちょっとググってみたら、なんとベンジャミン・フランクリンの名前があった。ほかにも映画のモデルになった詐欺師もいたようだ。オレオレ詐欺(ちょっと古いかな)とかトクリュウなどの犯罪のニュースには気持ちがついていけないが、掲句のようなニュースがあれば気持ちが晴れるに違いない。



雲が秋何か無くしていく流れ

旅男


秋の雲ではなく「雲が秋」が新鮮だった。一読、小林一茶の「目出度さもちう位也おらが春」という俳句が浮かんだ。秋の雲も表情が豊かだ。うろこ雲、いわし雲、さば雲、ひつじ雲、すじ雲など、澄み切った空を見上げてハッとしたりホッとしたり…「何か無くしていく流れ」はまさに真実の一瞬をとらえていると思った。情緒的でありながら「雲が秋に」がほどよいセーブになっていて、味わい深かった。



分裂するわきっとひとつは気にいるわ

西山奈津実


「分裂」にはさまざまな状況や状態が考えられる。真っ先に思いうかぶのは生物学上の細胞分裂だ。しかし、掲句は「分裂するわ」と言っているので、自分の意志で行うように見受けられる。鬼滅の刃の鬼舞辻無惨は、継国縁壱によって退治されようとするときに、自分の体を粉々にして逃げ延びようとした。掲句はその場面に重なる。そこから唐突だが、命が自然に還ろうとするときに、分裂してさまざまなものにかたちを変えるのではないかと想像したのだった。「するわ」「いるわ」と韻を踏んで、深刻ぶらずあっけらかんとしているところが好ましかった。



永遠にさわれなくなる手前まで

羽風ふみ


「手前」の言葉に惹かれた。「手前」という位置はギリギリのところにある、ある種の危うさを思わせる。「さわれなくなる」対象もまた興味を惹かれる。恋人との別れはたやすく想像できる。しかし「さわれなくなる」の語句はもっと身近な存在を思わせる。たとえば同居する犬やネコなどの小動物(最近では伴侶動物と呼ばれる)の「さわれなくなる」状況と言えば、命の燃え尽きようとする時だ。それは想像するだけで耐え難い痛みだ。そんなギリギリな状況を必死で耐えている主体の、絞り出すような声が聞こえそうな一句だった。



噛み締めたくちびるに咲く菊の花

飛和


「噛み締めたくちびる」と「菊の花」に俳人の杉田久女が浮かんだ。松本清張の「菊枕」でその境遇を知っただけで、実際はどうだったかはわからない。久女の気の強さや、我慢を強いられながらも抗いながら、俳句にそれを昇華させたと認識しているだけだ。「足袋つぐやノラともならず教師妻 久女」という作品もあるが「谺して山ほととぎすほしいまゝ」という作品には、心から自由を願っている心情が感じられて、好きな一句だ。掲句の「咲く菊の花」は、久女がまさに誌的昇華を遂げたことを言っているように思った。



悪者は俺でいいよと言う ずるい

藤田めぐみ


この男、絶対に自分は「悪者」とは思っていない。「俺でいいよ」って、なんか上から目線。どんな状況で「悪者」と言うのかわからないが、庇うつもりの「悪者」なら庇われた方は辛い。なぜなら、その時はそれで良くてもずっと負い目を感じていくことになるからだ。ただ、恋愛のもつれでそうなったのなら、それはもう「ご勝手に」。下五の一字空けの「ずるい」に、鼻にかかった甘々の声が聞こえそう。「悪者」と言う、普段あまり使わない言葉に、いろいろと想像させられて面白かった。



隣町かすって線状降水帯

峯島妙


今年の豪雨のニュースは、ほとんど毎日のようにあった。「線状降水帯」という気象用語に危機感を覚えて、気象情報に神経をとがらせた。「線状降水帯」は局地的に急襲するように思える。だから掲句のように「隣町」はさほどの被害がなくても、自分の住む地域に被害があったのだろう。近年、予測のつかない自然災害が多すぎる。「隣町かすって」の「かすって」という動詞がとてもよく効いている。そこに川柳らしいしたたかな精神をみた。



豚カツの衣で包む免罪符

伊藤良彦


「免罪符とは」でググってみたら「罪や責めをまぬがれるためのもの」とあった。それを「豚カツの衣で包む」ってどういう事か?豚カツの衣は、お肉の美味しさを引き立てる厚さ加減がなかなか難しい。掲句の場合も免罪符を効果的に使う、そのタイミングをはかっている状態なのかもしれないと思った。それとも厚い衣を被って許されないようにしているのか。「許されようとは思いません」という小説のタイトルが、ふと浮かんだ。


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