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会員作品を読む

​笹田かなえ

2026年6月

2026年6月1日


転がるには夜が足りない鉄塔

西山奈津実


鉄塔が転がるってどういうこと?って思うと先に進めないから夜に転がるものを考えた。いや、掲句は「夜が足りない」と言っているからそれも難しい。弱みを人に見せたくなくていつも堂々としている人がいる。そんな人だって、痛くて辛くて泣きたい夜がある。でも決して人に涙は見られたくない。泣くのなら、星一つない真っ暗な夜空の下と決めて、今日も鉄塔は黒々と立っているのだ。



魂を洗い直せばエメラルド

飛和


「魂」の川柳、最近はあまり見ないので惹かれた。「わたくしの魂のいろご存知か 森中惠美子」。あるいは短歌の「馬を洗はば馬のたましひ冱ゆるまで人戀はば人あやむるこころ 塚本邦雄」。「洗い直せばエメラルド」は良い方に向かう兆しに読めた。エメラルドは五月の誕生石で石言葉は「幸運、幸福、夫婦愛、安定、希望」など。しかし内部に傷が多くて衝撃に弱い石だという。「魂」と「エメラルド」は似ている。



待ち受ける途中で椅子になっている

藤田めぐみ


掲句、ただの「待つ」でも「待ち続ける」でもない「待ち受ける」という言葉がとても印象的だった。誰を、あるいは何を待ち受けているのか。守られないだろう約束の予感もある。「待ち受ける」には覚悟や強い意志が感じられる。何か困難な状況かもしれない。それでも待ち受ける、そして椅子になっている。読むほどに切なくなってくる。ふいに「インシビリティ」という言葉が浮かんだ。インシビリティによって傷ついている人の痛みがひしひしと伝わってきた。



香ばしい夜のはじめに誘われる

峯島妙


「夜のはじめに」の措辞に惹かれた。気象庁が決めている夜の時間帯は、18時ごろから翌朝の6時ごろまでを言うらしい。18時頃の路地裏からはカレーの匂い、街中では焼き鳥や居酒屋の焼き魚の匂いなんかがあふれている。つい、あちこちに誘われるのはわかる。匂いをテーマにした川柳はあまり無いように思うが「香ばしい」によって美味しそうな匂いが立ち込めた。「香ばしい」はネットスラングで「怪しい」「ヤバい」の意味もあるらしいが、ここは美味しそうな匂いだけで読むことにした。



ため息が元素記号に見えてから

伊藤良彦


一読、口からぞろぞろと吐き出されるアルファベットが浮かぶが、それは何の元素記号なのだろうと想像するが、化学苦手人間なのでよくわからない。人間は呼吸によって一日に一キロのCO2を排出するという。C=炭素、O=酸素だが、それだけではないだろう。このため息にはHg(水銀)やPb(鉛)といった危険物も混じっていそう。「見えてから」どうなったかも気になるところだが、元素記号のカタチは川柳に似合うと思った。



想わない時間が長くなって ふと

菊池京


人は絶えず何かを思うものだ。しかし掲句は「思う」ではなく「想う」と表記している。「想う」の動詞は、感情的なニュアンスがある。特別な人を、あるいは特別な出来事などを「想う」よりも「想わない」時間が長くなったことに気が付いた、一字空けのあとの「ふと」には自分の存在そのものを問うているような響きが感じられた。シンプルで素直な川柳だが逆説的なところもあり、複雑な心理状態が表れていると思った。



ししゃもからフィニッシュまでのピアニシシモ

河野潤々


まさに川柳アンジェリカのラジオ「オフビートなら川柳で」での5月のテーマ、「音の輪郭」そのものだ。「ししゃも」というお魚をちょっと捻って「フィニッシュ」、飛躍して「ピアニシシモ」。声に出してみると、拗音と促音の混じり具合が絶妙で何とも言えない心地よさがある。「し」と「マ行」の多用により、しなやかで柔らかいイメージとなった。また「ピアニシシモ」の6音字が静けさと余韻を感じさせる。深い意味は多分、無い。それでいながらというか、だからこそ印象に残る川柳だった。



夜をみあげる窓に心が付いていて

斉尾くにこ


掲句、注目すべきは「窓に心が付いていて」のフレーズ。「心に窓」ならすんなり読めるところを「窓に心」で、立ち止まった。まるで窓自体に心が付いているように思った。これは新鮮だ。窓そのものありようが夜空にくっきり浮かんでくる。「みあげる」のひらがな表記のやわらかさは「窓」に対する愛しさがある。何しろ窓は建物の呼吸に欠かせない存在なのだから。



裸より恥ずかしい骨拾われる

鈴木雀


誰の火葬の時だったろう。長く闘病していたその人の骨は、ところどころが黒かったり紫がかっていた。生きている間に病んでいる場所が骨に残ると誰かが言っていた。私はその時に、私の骨は家族だけに拾ってもらいたいと切実に思った。掲句はまさにその時の心境を言い当てていて、泣きたいくらいに胸に刺さった。



心臓に悪い笑顔を見せられる

須藤しんのすけ


例えばオジサンが、若い可愛い女の子にちょっとお高いおねだりをされる光景が真っ先に浮かんだんだけど、まさかそんな単純なことではないよね。そういえば、締め切りを守らなかった時に笑顔で催促されたことあったけど、あれはなかなか怖かった。「心臓に悪い笑顔」の持つ居心地の悪さは、ユーモラスでありながらもブラックな側面もあって、じわじわと恐ろしくなった。



何かしてよう黄昏れが沸いてきた

旅男


「できることできないことに春がくる 徳永政二」が浮かぶ。政二さんの句は「春がくる」といかにも明るく楽しげだが、掲句は「黄昏れが沸いてきた」と薄暗く不安が滲んでいる。それでも二句に共通するのは、加齢とともに意識するようになる心と身体の弱りだ。自身が老いてみて初めてわかることばかりだというのが伝わってくる。つくづく人生とは摩訶不思議だと思うこのごろ。

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