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会員作品を読む

​笹田かなえ

2026年3月

2026年3月1日


大寒の満月 正義のありかた

斉尾くにこ


「大寒の満月」という設定にズキズキと厳しいものを見る。冷え切った空に浮かぶ満月は、孤高の存在だ。今年の大寒の満月は2月2日で、ちょうど立春の直前だった。冷え冷えとした夜に満月を見上げて覚えた心の昂ぶりが伺える。「正義のありかた」がその時の心の声だったのだと思う。「満月」と「正義の」取り合わせは近すぎるような気がするが、掲句は背面従属のように葛藤している状況とも感じた。一字空けがその逡巡を表している。



様式として美しい懺悔室

須藤しんのすけ


懺悔室という場所には見たことも入ったこともないが、懺悔したいことはいっぱいある。「様式」としていう畏まり方が「懺悔室」に似合っている。それを「美しい」と軽く屈折している。だから面白い。懺悔室に入って罪を告白しても罪は消えない。でも心は幾分軽くなるかもしれない。人間はあやまちを犯す生き物だと思っている。そのあやまちに向き合う場所として懺悔室もまた必要なのだ。だから懺悔室はやはり美しい。



優しさは夜をゆさぶる風 ゆらぐ

旅男


このごろ「老兵は死なず、ただ消え去るのみ」と言う言葉が胸をよぎる。まもなく73歳、体のあちこちにガタが来ているし大きな地震は4回も経験したしで、もういいかなという心境になってきた。掲句に川端康成の「山の音」という小説を重ねている。老いを意識して心や体の衰えを守る鎧としての「夜」、それをゆさぶる「優しさ」という「風」はある意味残酷だ。我が家の優しくも容赦なく甘えてくる4匹のネコ達に生きることの意味を見出している日々。ネコ達にこころゆさぶられる老兵は、もう少しここにいてもいいかなと思っている。「風」と「ゆらぐ」の間の一字空けがじんわり深い。



チュッパチャプスにも唇選ぶ権利

西山奈津実


ころんと丸い形状とカラフルな包み紙、短い棒も手に取りやすくて、可愛さいっぱいのチュッパチャプス。調べてみたら、チュッパ”はスペイン語で“なめる”という意味で“チャプス”はスペインで最初にロリポップキャンディに付けられたブランド名だとか。チュッパチャプスってキスっぽい響きがある。そうか、だから「唇選ぶ権利」があるんだね。大人の余裕と遊び心のある楽しい一句。



見せてきみの手でこの火がどうなるか

温水ふみ


挑戦的でありながら祈りのような、一言では言えない迫力がある。「見せて」で一旦切りたいがそうすると勢いがなくなる。今、火は燃え盛ろうとしているのかあるいは消えようとしているのか。そしてその火をどこまで見届けることができるのか。具体的にはどんな状況かは書かれていなくて、すべては読者に委ねられている。私は性愛句として読み、絶巓を迎えようとするときの途切れ途切れの意識のように感じた。



狂い咲きみたいな夢を語りたい

飛和


「語りたい」という願望。それが「狂い咲きみたいな夢」だが、漠然としている。いっそのこと、どんな狂い咲きなのかぶち明けてしまった方がいいと思う。下世話な夢でも高みを目指す夢でも、具体的に語って欲しい。でもそれがうまくできない焦燥感がある。どのような「狂い咲き」かは知らないが「身を反らすたびにあやめの咲きにけり(大西泰世)」という川柳を思い出している。



鼻をかむたびにどんどんずれる地図

藤田めぐみ


鼻をかむという行為と「ずれる地図」は一見何の関係性もない。どちらも身近なものだ。アメリカがくしゃみをすると日本は風邪を引くと言われてきた。しかし、昨今の混沌とした世界情勢を思うと、アメリカのくしゃみだけには収まらない不穏なものがある。Googleアースで見ると世界は本当に身近になった。私たち、あるいは権力者の誰かが鼻をかむことによって変わるかもしれないこの世の不安定さを掲句は示唆している。「鼻をかむ」という言葉の裏にはさまざまな思惑が交錯している。



アポロチョコ渡せるくらい好きみたい

峯島妙


思わせぶりと言うかいい加減と言うか(笑)。アポロチョコに失礼でしょ、と突っ込みたくなった。アポロチョコ、アポロ宇宙船をモチーフにしていて、名前は太陽神アポロンからだそうだから、とっても由緒あるチョコレート。ピンクの三角形のツンとしたとんがり具合なんか、素直になれない女の子っぽくて微笑ましいんだけど。バレンタインのチョコレートには数々あれど、アポロチョコもいいきっかけになるんじゃないかな(笑)



ホチキスの針は割り込みできません

伊藤良彦


確かに!ホチキスの針は整然と順番通りに打たれるように配置されている。それは見事までに美しい整列だ。日本人の美徳のひとつに、暗黙のルールを守るというものがある。震災の時に支援物資の列に静かに並んでいた光景が世界中に称賛されたことはまだ記憶に新しい。掲句はそんな日本人の無意識下にある日本人気質を誇りに思っているように感じる。日本の観光地に世界中から観光客が押し寄せるようになって、オーバーツーリズムのもたらす悪影響が問題視されるようになってきた。平気で割り込みをする人に対する抗議が滲んでいると読んだ。



三月の予定消化に振る胡椒

菊池京


この胡椒は、味覚ではなく触覚で感じる胡椒である。勤め人の三月は決算期で、それこそやってもやっても終わらない仕事に追われてしまう。己を叱咤激励し鼓舞しても足りない時間との闘い…考えるだけでヒリヒリしてくる。「三月」は動かないし「予定消化」もまさにそのもの。そして「胡椒のはまり具合は、当事者ならではの実感がある。リズムもよく川柳らしいアイロニーに共感した。



アルバムに性差たらいに水がない

河野潤々


書店の棚に「本にだって雄と雌があります」というタイトルを見て「おッ」と思ったことがある。イチョウにも♂♀がある。掲句のアルバムは男の子と女の子の違いによる厚さなのかと想像した。それにしても「たらいに水がない」をどう読めばいいのか。リサイクルショップで漆塗りに家紋入りの産湯用のたらいを見たことがある。家長制度が幅を利かせていた時代の遺物かもしれない。ベビーバスではなく「たらい」としたところに、そんな時代が終わったことを表していると思った。


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