会員作品を読む
笹田かなえ
2025年11月
2025年11月1日
明日まで連れて行きたくない奇数
峯島妙
「奇数」がいい。奇数とは2で割ると1余る整数をいう。そこが「明日まで連れて行きたくない」理由だと思った。真っ先に浮かんだのは、仕事を翌日に持ち越したくないという気持ちの表れだが、そういうことではない。さばさばといろんなことに決別して立ち去る、それは見事な生きる姿勢なのだ。「連れて行きたくない」の擬人 化がとても豊かに機能している。
ピクルスの瓶には神が宿ります
伊藤良彦
つやつやと透明なピクルスの入った瓶は、言われてみれば尊いものの一つだ。中に入っているピクルスは、にんじん、きゅうり、パプリカ、大根などかな。彩も栄養的にもバッチリ。主菜にはならないけれど、箸休めやアクセントにピッタリのピクルス。目に優しいものは舌にも優しいよね。そういえば酸味のある食べ物って、川柳にはあまりなかったように思う。「ピクルスの瓶」ときちんと書いた事で、句を味わい深いものにしている。
肩越しの虹が虹色だった頃
菊池京
「肩越しの虹」が上手いなあ。相手と向き合っている時あるいは恋人の胸に抱きしめられている時を想像する。ただ、「虹」が二回も出て来るが下五の「だった頃」と過去形になっていて、そのまま明るい未来に直結しなかったのだろう。「虹色の虹」の意味は後になって気が付く事も多いけれど、きっと素敵な思い出になっているんじゃないかな。
ルカが来る昼二時間の死ぬ稽古
河野潤々
「ルカ」とはナニモノ?そしてなんで昼二時間もかけて「死ぬ稽古」と、謎がありすぎ。何かを下敷きにして書かれたものなにか、あるいは目の前の言葉をつなげて一句にしたのか。読者の感情に触れる書かれ方ではなく、むしろ情緒的に読まれることを拒絶しているようにも感じる。この句、「ゴドーを待ちながら」の不条理劇のように「読み」もまた、自問自答しながらのそれぞれでいいのだと思った。
つかみどころへウサギの餅のつきたてを
斉尾くにこ
句の仕立て方が面白い。「つかみどころ」は普通、「つかみどころのない」という使い方になるのだが、あえてそれをずらしたような書き方だ。「つかみどころのない」は「理解しにくい」「正体不明」などの意味で、そこを上手く利用している。「つかみどころ」を見極めて、「ウサギの餅のつきたて」という、これもまた「つかみどころのない」ものを想起させる言葉を持ってきた手腕に感服!
シール帳自分ひとりの庭とする
鈴木雀
コレクションと言えば切手ぐらいしか浮かばないが、掲句は「シール」らしい。「シール帳」と言う言葉が聞きなれなかったので、ネットで調べてみた。すると思いがけないくらいに多彩な「シール帳」があった。好きなキャラクターのシールを買ってシール帳に貼るのもいいが、瓶や缶のラベルも立派なコレクションになっている。コレクションはまさに「自分ひとりの庭」。「庭」が膨らみと余韻のある句にしている。
シングルの軋み具合と濡れ具合
須藤しんのすけ
尾崎豊の「I LOVE YOU」を思い出して、そこから一歩も出られなくてなってしまった。そのまんまと言えばそのまんまだけど、そのまんまで読んでいいのか迷った。「性愛句」と「ばれ句」の中間の、ギリギリのところで書かれている。川柳は格言のような、謹厳実直なことばかりを書くのではないと思っている。なので、こういう風に少々ヤサグレ感のある川柳にも興味を引かれる。
炊飯器にもゴメンネなんて秋ちろろ
旅男
時節柄、「炊飯器」と言えばお米のことがまず浮かぶ。令和の米騒動、昨年から騒がれているけれど、なんでこんなにお米の値段が上がったんだろう。新米の美味しい季節なのに、買うことにためらいを覚え、素直に味わえないでいる。だから、炊飯器だってきっと物足りない思いでいるに違いない。「秋ちろろ」にトホホ感があってわびしさが漂う一句だった。
約束が姿勢良く待つから帰るわ
西山奈津実
この気まぐれ感が愉快。待っている身としてはとんでもない行為かもしれないが、先行きが見えるようなデート(約束)ってつまんなくない?待ち合わせの場所できっちり背筋を伸ばして、一分の隙もないヘアスタイルとファッションで待たれると、もちろん嬉しい女性の方が多いけれど「なんか、違う」と引き返してしまう女性の気持ちも解らないでもない。まるで映画のワンシーンのようで、楽しく読ませてもらった。
飛べるかたちの生 きもののビスケット
温水ふみ
真っ先に浮かんだのは、某メーカーの動物のビスケット。そして、昔食べたカラフルな色つきのビスケット等々。でも、それでは何か物足りない。「飛べるかたちの生きもの」がどこか生々しい。そしてその生きものを安易に「鳥」と断定してはいけないとも思った。ビスケットが命ある「生きもの」で「飛べるかたち」をしているのかな。でもそれっていったい何だろう。ファンタジックでありながらもちょっと怖さも過って、面白く読んだ。
封印に使う紅葉を選び抜く
飛和
大人の封印だね。たとえば封印を手紙にするなら、それはもう選びに選び抜いた紅葉でなければならない。願いと言うより念を込めての手紙は、開封するのにちょっと勇気が要りそう。あと、もう二度と開けない箱などの封印に使うとしたら、この紅葉は強烈な決意の表れだ。紅葉は「美しい変化」という花言葉もあるが、鬼女伝説のイメージもあるから、それも加味されて読み応えがあった。
割り算の余りのかたちモンブラン
藤田めぐみ
これは発見!割り算の余りってすっきりしないもの典型みたいに思っていたが、昨今は「余り」ってあってもいいな」と思うようになってきた。割り切れない事の多いこの世に折り合いをつけるような感じでの「余り」とでも言おうか。モンブランは栗のケーキ。人生の秋に相応しいご褒美だね。



