会員作品を読む
笹田かなえ
2025年7月
2025年7月1 日
雨の一部のきりんのきれいな足首
西山奈津実
「雨」と「きりんのきれいな足首」の到底結びつかないものを、「一部」と言う言葉で、見事に具現化している。そぼふる雨ときゅっと細いきりんの足首が、それぞれが静かに屹立している。それはまた、まだ癒えない悲しみのようだ。魂の奥深いところで生まれた言葉には迫ってくるものがある。
折ればみんな飛んでゆくからだいじょうぶ
温水ふみ
たんぽぽの綿毛が一面に飛ぶ空を見上げているような感覚に陥った。ちょっとの刺激でたんぽぽの綿毛は空に舞う。「折る」の漢字は「祈る」に似ている。「折ればみんな」に託された世界のやさしさ。どこか屈折したものを抱えながらも、「だいじょうぶ」と独りごちて立っているのが見える。
素顔にはレモンを少しかけておく
飛和
ビタミンCがお肌にいい事を書いたのではないとは思ったけれど、「素顔には」の設定がなかなか複雑。「素顔」と「レモン」の取り合わせは爽やかなイメージではあるが、米津玄帥の「レモン」の歌詞のように「苦いレモン」だってあるのだ。「素顔」の様々な表情を思って、ちょっと切ない。
走れたよレースのたすき繋いだよ
藤田めぐみ
ものすごい達成感のある句姿に強く惹かれた。走れないかもしれない(できないかもしれなかった)自分が走れたこと(できたこと)は望外の喜びだったろう。さらに「たすき」を「繋いだよ」として結果が良好だったことが何より喜ばしい。全力を出し切って渡したレースのたすき(心意気)は、汗と涙でぐしょぐしょだったに違いない。本当によく頑張ったね。
ショットバー雨の匂いを連れてくる
峯島妙
ショットバー、なんか小粋な感じ。角打ちのお店もそうで、一杯からでも気軽にお酒を飲めるお店の、気楽さがいいよね。で、ふらり入ってきた人から雨の匂いがしたのだろうか。「雨」からのきっかけで話が弾みそう。擬人法がうまく作用していて、ドラマの始まる予感がある。
ため息が飲み干しているラテアート
伊藤良彦
コーヒーの上に描かれた繊細な形状に見惚れ、飲むことをためらってしまうようなラテアート。そりゃため息も出るというもの。ささやかな、でもこれ以上ないくらい極上で贅沢な時間がある。この句のラテアート、身体を慈しみ心を癒してくれる特別な飲み物なのだ。
イマジンを聴きながら アジ焼きながら
菊池京
ジョン・レノンの「イマジン」が発表されたのはベトナム戦争の頃。その時代から現代まで、世界は変わったのか。否、ますます不安の尽きない昨今の世界情勢だ。今が旬の「アジ」を「焼きながら」の何気ない日常は、「アジ」の「ジ」と「イマジン」の「ジ」の繋がりのように世界とつながっている。「イマジン」の歌詞の「想像してごらん」が今更ながら深い。
水素水飲むから粋を卆業す
河野潤々
一時期ブームになった「水素水」についての効能は半信半疑ではあるが、この句の「粋」との関係はもっと不可解である。「粋」という漢字を分解すると「米」と「卆」になる。掲句の「卆業す」の「卆」がある。でもそこからが解らない。「米」と言ったら日本酒。日本酒を飲む際に「和らぎ水(やわらぎみず)」というのがあるらしい。お酒の後の水は美味しい。水素水ならなおさらかもしれない。よく解らないが、物事に対する自分なりのルールがあるような書きぶりで、そこに興味を引かれたのだった。
宵待ち草と水の時間を引きのばす
斉尾くにこ
夏の夜に花開く「宵待ち草」にはロマンチックな響きがある。竹久夢二の「宵待ち草」の歌詞の「待てど暮らせど来ぬ人の」が泣かせる。ひたひたと押し寄せる期待と不安の時間はまさに「水の時間」。そんな夏の夜の自然との一体感が、読む側にもじんわり伝わってくる。
破られた殻は母親だったのに
鈴木雀
古川柳の「母親はもったいないがだましよい」のように川柳の「母親」は、永遠の絶対的存在として書かれているのが多い。だから「母に似たものが売られる小 間物屋(矢島玖美子)」のように、ちょっと斜めから目線の句に出会うとオッと目を見張る。掲句、毒親ほどではないにせよ、大人になった娘にとって母親はなかなかシンドイものだったりするのもよく解る。そして、いつか自分もそんな母親になったりするのだ。
くるこないくるこないくる「そうきましたか」
須藤しんのすけ
「くる」と「こない」のひらがな表記の羅列に、見ていると目が回りそう。下五の「そうきましたか」への飛躍が痛快。どんなシチュエーションかは読者任せのところがニクイ。恋人との待ち合わせを想像するが「そうきましたか」と言わせる状況が浮かばないのが口惜しい。
さしすせそ指はどこまで酔ったふり
旅男
酔ったふりねぇ(笑)。「さしすせそ」って確か誉め言葉ではなかったかな。「さ」は「さすがだね」。「し」は「知らなかった」。「す」は「すばらしいね」。「せ」は「センスあるね」。「そ」は「尊敬する」等々。「指」が艶めかしいけれど、酒の席での他愛ない会話ですからね。